素人が短編小説書いてみた 〜下〜
小説書いてみた編 〜下〜
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ボクは地下鉄の階段を登り、地上へ出た。
朝日の眩しさに顔をしかめつつ、風で少し乱れてしまった髪の毛を手鏡を見ながら直す。
やっぱり、身だしなみをしっかりしないと女の子にモテないしな。
身だしなみの重要さについては、
昨日読んだ雑誌の「モテ男になるための条件」にも書いてあった。
確かに、第一印象が大事だって言うからなぁ。
おもむろに左腕に巻き付けてある腕時計を見る。
まだ、授業開始の時刻まで時間があるなぁ。少し寄り道をすることにしよう。
登校初日に偶然見つけた場所だ。
テレビで見るように川に沿って桜の木が並んでいる。
最初に見つけたときはやっぱり都会にはこんな場所があるんだなー!!
と、田舎者らしく感動したものだ。
ボクが住んでいた所にも桜の木は数多く立っていたけど、乱立しているだけで川に沿ってこんなに綺麗に整列してはいなかった。
そう思うと親の反対を押し切って都会の大学に進学して来てよかったな、と心から思う。
市の中心部の方が都会だとか思うかもしれないが、ボクにとってはここも立派な都会だ。
なんせ建物の数が田舎と比べて桁違いだ。
「なぁ、君もそう思うだろう」
桜の幹に手を置いて喋りかけてみる。
「ねぇねぇ、おかーさん。あのお兄ちゃん、なんで桜さんに話しかけてるの?」
「あれはね。ああやって話しかけて彼女さんができたように妄想をしているのよ」
「そうなんだー。お酒を飲んだ時のおとーさんと一緒だね。だっていつも『みきーみきー』って知らない女の人の名前をお酒のビンに向かって喋りかけてるもん」
「お母さん、ちょっとお電話したくなったからお家に帰りましょうね」
「あと、ミーちゃん。『変態さんなう』って呟やいちゃダメよ」
「うん、わかった!」
そう言ってスマートフォンをしまう女の子。
親子の背中が遠ざかっていく。
……。
お酒の怖さを体現した典型的な例だな。
というか、なんであんな小さい子がスマートフォンを普通に持っているんだろうか。
都会こえー。
それにしても、おかしいな。
変態さんだなんて言われると思わなかった。
例の雑誌には植物に喋りかけるミステリアス男子がモテるって書いてあったんだけどなー。
んー。やっぱり、俺様系で押していくか。
大学で彼女欲しいからな。ここは頑張ってキャラ作らないと。
おっと。もうそろそろ大学に向かわないといけないな。
時計を見ながら踵を返す。
「今日は風が騒がしいな」
ポツリとそう呟いて、ミステリアス男子を演出する。
んー。なんか違うよなァ。やっぱり、俺様系でいくしかないかな。
おっと、身だしなみ、身だしなみ。
移動中に風で乱れてしまった髪を手鏡を見ながら手櫛で直していく。そしてそのまま、彼女ができた後のことを妄想する。
はァァ。さぞかし楽しいだろうなァ。
ボクも頑張っていくぞ。
そう思いながら手鏡をしまうと、早歩きで横を通り抜けていく天使がいた。
一言で言うと天使。
あけすけに言うと超絶可愛い子が横を通り抜けて行ったのだ。
横顔だけしか見えなかったけど端整な顔立ちをしていることは分かった。
思わず「あのう」と素の自分で声を掛けてしまいそうになったが、思いとどまって、咄嗟に作った俺様系な感じで声をかけた。
最初は気づいていなかったが、服装や身につけている物のことを指定して言ってやると少し間はありつつも、こちらを振り向いてくれた。
やはり、ボクの目に狂いは無かった。
肩口で切りそろえられた絹のような黒髪、猫を思わせる様なクリッとしたアーモンド型の目、筋の通った鼻や、つやつやとした柔らかそうな唇は息を呑むのを忘れそうなほど美しかった。
少しの間、彼女の美しさに声を失っていると
「なにか?」
鈴を転がしたような、凛とした声が聞こえてくる。
涼しげなその表情からは感情を読み取ることができない。
ボクは
「ここだ!!」
と、直感的に悟る。
人間関係は第一印象が大事。
最初に発する一言でこの後の付き合い方が変わってくる。
普段のボクならオドオドとしてスイマセン、人違いでしたと言ってしまうかもしれないが、今のボクは生まれ変わった
『俺様系の西園寺衣遠』だ。
自信を持って喋りかけろ。
しかし、地元では女の子に喋りかけることなんて無かったせいなのか、心臓がバクバクと妙にうるさい。
そして、緊張が頂点に達したこの瞬間からの記憶はモヤがかかってしまったかのように曖昧だ。
大まかになら思い出せるんだけど。
確か、歩道橋を走って渡る彼女に走ってついていったり(ミラー効果と言って同じ行動をすると好感が湧くそうだ。雑誌参照。勿論、俺様系な喋り方も忘れずに)、ウケを狙って冗談を言ったりしながらマックスバリューの駐車場の横を通り抜けて行く、といったところだろうか?
ここに来てようやく緊張もほぐれてきたような気がする。
彼女の名前は……確か、雨露田奏多と名乗った気がする。
珍しい名前だ。
まあ、ボクも人のことを言えはしないけど。
昔はこの名前のせいでいろいろ迷惑を被ったものだが……。
一瞬、過去の暗い思い出に溺れそうになる。
いや、今は関係のないことだ。
頭の中のそんな雑念を振り払う。
そして、思考をカナタちゃんへと向ける。
とりあえず、彼女は一緒の大学生じゃないということなので、途中まで一緒に行こうと誘った。
彼女と喋っている最中は俺様系で喋るように心掛けてるんだけど、コレがなかなか上手くいかない。
俺様系というより、ナルシスト系になっているように思う。
カナタちゃんがどう思っているかを確かめるために表情を伺ってみる。
しかし、その涼しげな表情は先程と同様、何も読み取れない。
とりあえず、なにか喋りかけてみることにする。
勿論、俺様口調を忘れずに。
「カナタ君は自分の名前に疑問を持ったことはないかい?」
珍しい名前という共通点についてであれば話し易いかなと思い、そう喋りかけた。
「い、いえ。無いです」
感情をあまり表情に出さないであろう彼女が明らかにオロオロと動揺していた。
「そうか。無いか。珍しい名前だとそういうこともあると思ったんだ。ボクも珍しい名前だからね」
質問を投げかけた時の彼女の態度が少し気になったが、まあ、いいか、と気に止めないようにした。
「西園寺さんは疑問に思ったことがあるんですか?」
おずおずと彼女が質問してくる。
「ボクかい?ボクは……いや、ボクも思ったことは無いよ。なぜなら、名前にホコリを持っているからね!」
嘘だ。
名前なんて自分の意志とは関係なく勝手に決まっているものである。だから、自分で決めることは出来ないし、名前によって内面を決めつけられることだって多々ある。
「そうですか」
彼女は納得しているのか、して無いのかそう言って頷いた。
うん。コクリと頷いた仕草も可愛い。
そんなことを思っていると、〇〇学園大学に着いてしまった。とても残念だ。
もう、会うことはないのだろうか。
そう、未練がましく肩を落としていると、彼女から本当は〇〇学園大学生だということを告げられた。
どうやらいきなり喋りかけたことで警戒されていたらしい。
それを今、話してくれたということは警戒はもう解いてくれたと言っていいだろう。
そして、創作文芸の授業を一限目にとっているという。
僕と同じじゃないか!!これは運命なのでは!?英語でいうとデスティニーなのでは!?
「ボクも創作文芸の授業をとってるんだよ!!」
興奮して俺様口調にするのも忘れて声を出した時には、もう彼女の姿は無かった。
まあ、教室に行けばまた、会えるだろう。
席は多分あいうえお順だから、近くではないだろうけど、授業後にでも話しかけよう。
でも、俺様口調でいくのは違和感しかなかったし辞めておこう。
次にあの娘に喋りかけるときは素の自分で話すことにしよう。
ボクは嬉しくなってスキップでもしかねない軽い足取りで教室へ向かう。
途中、衣遠の鼻先を、白いものがかすめて落ちる。
羽のように軽やかな、春の雪であった。
無理やり 完
ありがとうございました